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絵本 Roger Duvoisin : PETUNIA
2024年02月14日
サイズが小さい再販本ですが、これもまた子供が持ちやすいサイズでいいのかも知れませんね。
ropeo50rb
PETUNIA : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1950年(1970年代以降の再販と思われます。)
22.5m×17cm 30p ¥4,800 + Tax
ディボアザンさんの作品で、拾った本を見つけて、持ち歩く「がちょうのぺチューニア」を描いた作品です。1970年代以降に小さなサイズ再販された版です。
状態 ; カバーなし、中のぺージも含めて比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
通信販売もお受けします。
お問い合せ&購入方法は、こちらをご覧ください>>
※掲載した記事や画像の無断使用や無断転載、転売等はご遠慮ください。
ropeo50rb
PETUNIA : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1950年(1970年代以降の再販と思われます。)
22.5m×17cm 30p ¥4,800 + Tax
ディボアザンさんの作品で、拾った本を見つけて、持ち歩く「がちょうのぺチューニア」を描いた作品です。1970年代以降に小さなサイズ再販された版です。
状態 ; カバーなし、中のぺージも含めて比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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絵本 Roger Duvoisin : WINKIE’S WORLD
2024年02月04日
ディボアザンさんの技術の凄さが分かる作品。色彩も見事です。
rowi58b
WINKIE’S WORLD : Roger Duvoisin
著者 William Hall
1958年
24m×19cm122p ¥10,800 + Tax
ウィンキーという2歳の男の子の視点で見た夜の世界や夏の浜辺などを描いた、色彩豊かな作品です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、表紙に薄い染みがあります。最初の見返しページに書き込みがありますが、中のぺージは比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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rowi58b
WINKIE’S WORLD : Roger Duvoisin
著者 William Hall
1958年
24m×19cm122p ¥10,800 + Tax
ウィンキーという2歳の男の子の視点で見た夜の世界や夏の浜辺などを描いた、色彩豊かな作品です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、表紙に薄い染みがあります。最初の見返しページに書き込みがありますが、中のぺージは比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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絵本 Richard Floethe : The Story of Lumber
2024年02月02日
リチャード・フロイスさんは、化学絵本的な作品も描いていますが、この作品は化学絵本の要素を併せ持った感じがしますね~。いつもながら、ピンク色とグリーンの色彩が綺麗です。
rilu65raL
The Story of Lumber : Richard Floethe
著者 Louise Floethe
1962年(1965年再販)
21m×26cm 32p ¥8,800 + Tax
山林業について描いた作品です。
状態 : カバーなし、背表紙下部にシールが貼られており、最後の見返しページにスタンプが押されており、貸し出し用ポケットが付いています。図書館が所有していた本です。
リチャード・フロイス
1901年9月2日ドイツのエッセン生まれ。幼少期はドイツで育つ。ピュルモント・レーアルシュ-レ(商科学校)やギーセンの高等実科学校、ミュンヘンのドルトムント、ワイマールなどで学ぶ。1928年にケルンの美術学校を卒業後し、1950年に家族と共にアメリカのフロリダに移り住み、リングリング美術学校で講師の仕事に就く、著者である妻のルイ-ズと共に17冊の本を出版し、絵本の仕事以外にも、本のカバーや広告やディスプレイデザイン、ポスターなどの仕事も手掛け、商業美術の分野などでも活躍し、作品はメトロポリタン美術館やヒィラデルヒィア美術館、ニューヨーク市立図書館などに収められているようです。1934年と1936年に国際イラストレーション競技で優勝している他、アメリカ・グラフィック・アーツ協会が選ぶ年間50冊の中にも作品が選ばれています。
通信販売もお受けします。
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The Story of Lumber : Richard Floethe
著者 Louise Floethe
1962年(1965年再販)
21m×26cm 32p ¥8,800 + Tax
山林業について描いた作品です。
状態 : カバーなし、背表紙下部にシールが貼られており、最後の見返しページにスタンプが押されており、貸し出し用ポケットが付いています。図書館が所有していた本です。
リチャード・フロイス
1901年9月2日ドイツのエッセン生まれ。幼少期はドイツで育つ。ピュルモント・レーアルシュ-レ(商科学校)やギーセンの高等実科学校、ミュンヘンのドルトムント、ワイマールなどで学ぶ。1928年にケルンの美術学校を卒業後し、1950年に家族と共にアメリカのフロリダに移り住み、リングリング美術学校で講師の仕事に就く、著者である妻のルイ-ズと共に17冊の本を出版し、絵本の仕事以外にも、本のカバーや広告やディスプレイデザイン、ポスターなどの仕事も手掛け、商業美術の分野などでも活躍し、作品はメトロポリタン美術館やヒィラデルヒィア美術館、ニューヨーク市立図書館などに収められているようです。1934年と1936年に国際イラストレーション競技で優勝している他、アメリカ・グラフィック・アーツ協会が選ぶ年間50冊の中にも作品が選ばれています。
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絵本 Robert Bright : My Red Umbrella
2023年03月25日
沢山の動物たちが傘の中に入って来るシーンが印象的な作品です。きっと当時の子供達も楽しんだのではないでしょうか。
roum59bL
My Red Umbrella : Robert Bright
著者 Robert Bright
1959年
17cm×13cm 30p ¥6,800 + Tax
女の子持っている傘の中に動物達が雨宿りに入って来るお話を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙下部にシールが貼られています。最初と最後の見返しページに剥がし跡があり、中のページに数ヶ所薄い染みがあり、最初の見返しページや中のぺージにスタンプが押されています。図書館が所有していた本です。
ロバート・ブライト
1902年8月5日マサチューセッツ州のサンドウィッチ生まれ。幼少期は12歳までドイツのゲッティッンゲンで育ち、サンドウィッチに移り住んだちyです。マサチューセッツ州のブラウニー&ニコルス校やフィリップ学院、プリンストン大学で学ぶ、ドイツではグリム童話ハメルンの笛吹きで有名な町の近くにあるハノーバン大学がある街で過ごしたようで、絵本の仕事をする基になっていると語っています。彼の代表作品とも言える「おばけのジョージ」は、1959年に開かれたブリッセル世界博覧会で、フィルムが制作され、発表されたようです。1988年(または1990年)11月21日に癌の為、サンフランシスコで他界しています。
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roum59bL
My Red Umbrella : Robert Bright
著者 Robert Bright
1959年
17cm×13cm 30p ¥6,800 + Tax
女の子持っている傘の中に動物達が雨宿りに入って来るお話を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙下部にシールが貼られています。最初と最後の見返しページに剥がし跡があり、中のページに数ヶ所薄い染みがあり、最初の見返しページや中のぺージにスタンプが押されています。図書館が所有していた本です。
ロバート・ブライト
1902年8月5日マサチューセッツ州のサンドウィッチ生まれ。幼少期は12歳までドイツのゲッティッンゲンで育ち、サンドウィッチに移り住んだちyです。マサチューセッツ州のブラウニー&ニコルス校やフィリップ学院、プリンストン大学で学ぶ、ドイツではグリム童話ハメルンの笛吹きで有名な町の近くにあるハノーバン大学がある街で過ごしたようで、絵本の仕事をする基になっていると語っています。彼の代表作品とも言える「おばけのジョージ」は、1959年に開かれたブリッセル世界博覧会で、フィルムが制作され、発表されたようです。1988年(または1990年)11月21日に癌の為、サンフランシスコで他界しています。
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絵本 Robert McCloskey : LENTIL
2023年03月07日
ほのぼのとして昔のアメリカの街の様子が描かれた本、これぞ理想のアメリカ、素晴らしいです!
role46ra
LENTIL : Robert McCloskey
著者 Robert McCloskey
1940年(1946年2版刷り目)
30.5cm×23.5cm 54p ¥15,800 + Tax
ハーモニカ好きの少年レンティルを描いた絵本。和書では「ハーモニカのめいじんレンティル」と言うタイトルで、国土社さんから出版されています。街にやって来た名士を歓迎する日に、それを邪魔する人が出てくるのですが、得意のハーモニカを使って、レンティルが活躍するお話を描いています。マクロスキーさんの故郷を描いた作品のようです。
状態 : カバー付き、カバー4角や背表紙部分に破れがあります。中のぺージは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。
「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に貢献したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
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role46ra
LENTIL : Robert McCloskey
著者 Robert McCloskey
1940年(1946年2版刷り目)
30.5cm×23.5cm 54p ¥15,800 + Tax
ハーモニカ好きの少年レンティルを描いた絵本。和書では「ハーモニカのめいじんレンティル」と言うタイトルで、国土社さんから出版されています。街にやって来た名士を歓迎する日に、それを邪魔する人が出てくるのですが、得意のハーモニカを使って、レンティルが活躍するお話を描いています。マクロスキーさんの故郷を描いた作品のようです。
状態 : カバー付き、カバー4角や背表紙部分に破れがあります。中のぺージは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。
「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に貢献したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
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絵本 Rosalind Fry : Lost At The Fair
2023年01月26日
グラフィックデザインの要素が強い絵本作品は、1950年代~1960年代のアメリカで流行した印象を受けますが、この作品もその流れを受けているのでしょうね。
rofa67ra
Lost At The Fair : Rosalind Fry
著者 Margery Sharp
1967年(イギリス版)
20.5cm×16.5cm 60p ¥7,800 + Tax
街にやって来たお祭りの中を冒険する兄妹を描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に少し擦れがありますが、中のぺージも含めて比較的良い状態です。
Rosalind Fry
ロザリンド・フライ
1960年代~1970年代に掛けて、化学絵本などのシリーズ作品なども含めて、イラストを描いている方のようですが、
詳細は不明です。アメリカのイラストレーターだと思われます。
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rofa67ra
Lost At The Fair : Rosalind Fry
著者 Margery Sharp
1967年(イギリス版)
20.5cm×16.5cm 60p ¥7,800 + Tax
街にやって来たお祭りの中を冒険する兄妹を描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に少し擦れがありますが、中のぺージも含めて比較的良い状態です。
Rosalind Fry
ロザリンド・フライ
1960年代~1970年代に掛けて、化学絵本などのシリーズ作品なども含めて、イラストを描いている方のようですが、
詳細は不明です。アメリカのイラストレーターだと思われます。
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絵本 Rocco Negri : The Magic Pumpkin
2022年10月22日
主人公の名前「パールヴァティ」はヒンドゥー教の山の神様の娘から来ているようですが、神様の伝記的な作品なのかも知れません。
roma71aL
The Magic Pumpkin : Rocco Negri
著者 Gloria Skurzynski
1971年
20.5cm× 24.5cm 44p¥5,800 + Tax
インドのジャングルの中の魔法のカボチャの中で暮らす賢いパールヴァティという女性を描いた作品です。
状態 : カバーなし、図書館仕様のツルツルした外観です。最初と最後の見返しページにスタンプが押されており、書き込みがあり、貸し出し用ポケットが付いています。タイトルページにスタンプが押されています。中のぺージは比較的良い状態です。図書館が所有していた本です。
(アントニオ・ロッコ・ネグり)
1932年6月26日イタリア生まれ。アルゼンチンで育つ。1959年にアメリカに移り住む。アートスチュ-デンツリーグ校やビジュアルアート校、プラット・グラフィック・センターなどで学んでいるようです。1960年代~1970年代中期に絵本作品を残しているようです。
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The Magic Pumpkin : Rocco Negri
著者 Gloria Skurzynski
1971年
20.5cm× 24.5cm 44p¥5,800 + Tax
インドのジャングルの中の魔法のカボチャの中で暮らす賢いパールヴァティという女性を描いた作品です。
状態 : カバーなし、図書館仕様のツルツルした外観です。最初と最後の見返しページにスタンプが押されており、書き込みがあり、貸し出し用ポケットが付いています。タイトルページにスタンプが押されています。中のぺージは比較的良い状態です。図書館が所有していた本です。
(アントニオ・ロッコ・ネグり)
1932年6月26日イタリア生まれ。アルゼンチンで育つ。1959年にアメリカに移り住む。アートスチュ-デンツリーグ校やビジュアルアート校、プラット・グラフィック・センターなどで学んでいるようです。1960年代~1970年代中期に絵本作品を残しているようです。
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絵本 Rosalind Welcher : Do You Believe in Magic ?
2022年05月21日
1960年代に同じタイトルの曲がアメリカでヒットしましたが、この言葉が流行したのかも知れませんね~。
roma69a
Do You Believe in Magic ? : Rosalind Welcher
著者 Rosalind Welcher
1969年
18cm× 12cm 23p ¥5,800 + Tax
ウォルチャーさんの贈答本シリーズから、恋のおまじない的な内容が短い文章とイラストで描かれている作品です。
カバー付き、カバー背表紙部分に剥がれがあり、表紙右下カバーに欠けている部分があります。。タイトルページの前のぺージにメッセージが書かれており、1ぺージ薄い耳折れがあります。
ロザリンド・ウェルチャー
ニューヨーク生まれ。ニューヨークで学ぶ。絵本作品は1940年代から描いているようですが、本の仕事以外にも、ハンカチなどのテキスタイルデザインやグリーティングカード、クリスマスオーナメントや陶器製フィギアなど、主に贈答品に関する商品のデザインなどを多く手掛けているようです。彼女の作品は、メトロポリタン美術館などにもコレクションされているようです。趣味は料理作りとセーリングで、夫と共に大西洋やヨーロッパなどを旅したようです。
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roma69a
Do You Believe in Magic ? : Rosalind Welcher
著者 Rosalind Welcher
1969年
18cm× 12cm 23p ¥5,800 + Tax
ウォルチャーさんの贈答本シリーズから、恋のおまじない的な内容が短い文章とイラストで描かれている作品です。
カバー付き、カバー背表紙部分に剥がれがあり、表紙右下カバーに欠けている部分があります。。タイトルページの前のぺージにメッセージが書かれており、1ぺージ薄い耳折れがあります。
ロザリンド・ウェルチャー
ニューヨーク生まれ。ニューヨークで学ぶ。絵本作品は1940年代から描いているようですが、本の仕事以外にも、ハンカチなどのテキスタイルデザインやグリーティングカード、クリスマスオーナメントや陶器製フィギアなど、主に贈答品に関する商品のデザインなどを多く手掛けているようです。彼女の作品は、メトロポリタン美術館などにもコレクションされているようです。趣味は料理作りとセーリングで、夫と共に大西洋やヨーロッパなどを旅したようです。
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絵本 Richard Scarry : The New Golden Almanac
2021年11月05日
スカーリーさんの初期作品で、沢山のイラストが楽しめる絵本です。
rial52a
The New Golden Almanac : Richard Scarry
著者 Kathryn Jackson
1952年
28cm×21.5cm 128p SOLD OUT
春、夏、秋、冬などの短編集や、年間行事などを描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に少し擦れがあり、タイトルページの前のぺージに書き込みを隠すような形でシールが貼られています。中のぺージに年を経て出来る褪せがあります。
リチャード・スカーリー ( Richard McClure Scarry)
1919年6月5日マサチューセッツ州ボストン生まれ。幼少期もボストンで育つ。ボストン・ミュージアム・スクールやアーキペンコ・アート・スクール、エリオット・オハラ水彩画スクールなどで学ぶ。第二次世界大戦中は軍の広報部で出版の仕事を行っていたようですが、1946年から子供の本に携わり始め、動物達を主人公にした多くの作品などを描いています。アメリカでは、ドクタースースやセサミ・ストリートと並び教育図書の分野でも、人気のある絵本作品として知られています。1960年代後半に、スイスのローザンヌに移り住み、1994年4月3日に他界しているようです。
通信販売もお受けします。
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※掲載した記事や画像の無断使用や無断転載、転売等はご遠慮ください。
rial52a
The New Golden Almanac : Richard Scarry
著者 Kathryn Jackson
1952年
28cm×21.5cm 128p SOLD OUT
春、夏、秋、冬などの短編集や、年間行事などを描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に少し擦れがあり、タイトルページの前のぺージに書き込みを隠すような形でシールが貼られています。中のぺージに年を経て出来る褪せがあります。
リチャード・スカーリー ( Richard McClure Scarry)
1919年6月5日マサチューセッツ州ボストン生まれ。幼少期もボストンで育つ。ボストン・ミュージアム・スクールやアーキペンコ・アート・スクール、エリオット・オハラ水彩画スクールなどで学ぶ。第二次世界大戦中は軍の広報部で出版の仕事を行っていたようですが、1946年から子供の本に携わり始め、動物達を主人公にした多くの作品などを描いています。アメリカでは、ドクタースースやセサミ・ストリートと並び教育図書の分野でも、人気のある絵本作品として知られています。1960年代後半に、スイスのローザンヌに移り住み、1994年4月3日に他界しているようです。
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絵本 Roger Duvoisin : Mother Goose
2021年10月16日
初期のディボアザンさんのイラストがこれだけ楽しめる大きなサイズの絵本は、他にはないのではないでしょうか?
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Mother Goose : Roger Duvoisin
著者 Mother Goose から
1936年
33.5cm×25cm 144p SOLD OUT
数多くの絵本作品を残しているディボアザンさんの初期作品で、沢山のマザーグースが描かれた絵本です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、最初の見返しページと意地と部分上部に亀裂があり、タイトルページの前のぺージメッセージが書かれており、破れをクリアテープで補修しています。中のぺージに少し破れがありますが、比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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romo36b
Mother Goose : Roger Duvoisin
著者 Mother Goose から
1936年
33.5cm×25cm 144p SOLD OUT
数多くの絵本作品を残しているディボアザンさんの初期作品で、沢山のマザーグースが描かれた絵本です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、最初の見返しページと意地と部分上部に亀裂があり、タイトルページの前のぺージメッセージが書かれており、破れをクリアテープで補修しています。中のぺージに少し破れがありますが、比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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絵本 Robert McCloskey : Make Way For Ducklings
2021年10月14日
お話としては、鴨の親子の引っ越しを描いただけの話のようですが、この作品の中には、弱者を助ける気持ちや目的の為に協力する事、正しい事をする為に今の常識を変えようとする事など、子供達だけでは無く、大人達にも学んで欲しい大変重要な事が描かれているような気がします。
roma45ra
Make Way For Ducklings : Robert McCloskey
著者 Robert McCloskey
1941年(1945年6版刷り目)
31cm×23.5cm 62p ¥15,800 + Tax
大きな川の岸辺で卵から生まれた子供達を連れて、公園の中の池に引っ越しをする鴨の親子を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバーに破れと欠けている部分があります。最初と最後の見返しページに薄い色褪せがあり、販売した本屋のシールが貼られています。中のページは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に貢献したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
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roma45ra
Make Way For Ducklings : Robert McCloskey
著者 Robert McCloskey
1941年(1945年6版刷り目)
31cm×23.5cm 62p ¥15,800 + Tax
大きな川の岸辺で卵から生まれた子供達を連れて、公園の中の池に引っ越しをする鴨の親子を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバーに破れと欠けている部分があります。最初と最後の見返しページに薄い色褪せがあり、販売した本屋のシールが貼られています。中のページは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に貢献したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
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絵本 Retta Scott Worcester : Walt Disney’s Cinderella Puppet
2021年07月26日
カットアウトブックの一種なのでしょうが、本の楽しみ方を広げてくれるアイデアでは無いかと思います。
このようなパーツが入っています。↓
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Walt Disney’s Cinderella Puppet Show : Retta Scott Worcester
著者 William Wondriska
1949年
28cm×21cm 10p ¥12,800 + Tax
紙の人形を使って遊べる、ディズニーのシンデレラ物語です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがありますが、中のページは比較的良い状態です。
リタ・スコット・ウォーチェスター
1916年2月23日ワシントン州オマック生まれ。シアトル・ルーズベルト高校やシャイナード・アート・インスティチュートなどで学ぶ。1938年からディズニースタジオで働き始め、バンビなどのアニメーションの製作に加わり、女性のアニメーターとして成功した先駆者であったようです。ファンタジア、ダンボ、楽しい川辺などの作品にも携わり、1941年に解雇されたようですが、1942年に再雇用され、1946年にシンデレラの絵本を出版する為に、ディズニーを離れ、東海岸に移ったようですが、その後、1980年代初めにはサンフランシスコのアニメーション・スタジオの仕事を行っていたようです。(そのスタジオは後にピクサーの一部となったようです。)1990年8月26日カリフォルニア州フォスターシティで他界しているようです。
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このようなパーツが入っています。↓
wapu49a
Walt Disney’s Cinderella Puppet Show : Retta Scott Worcester
著者 William Wondriska
1949年
28cm×21cm 10p ¥12,800 + Tax
紙の人形を使って遊べる、ディズニーのシンデレラ物語です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがありますが、中のページは比較的良い状態です。
リタ・スコット・ウォーチェスター
1916年2月23日ワシントン州オマック生まれ。シアトル・ルーズベルト高校やシャイナード・アート・インスティチュートなどで学ぶ。1938年からディズニースタジオで働き始め、バンビなどのアニメーションの製作に加わり、女性のアニメーターとして成功した先駆者であったようです。ファンタジア、ダンボ、楽しい川辺などの作品にも携わり、1941年に解雇されたようですが、1942年に再雇用され、1946年にシンデレラの絵本を出版する為に、ディズニーを離れ、東海岸に移ったようですが、その後、1980年代初めにはサンフランシスコのアニメーション・スタジオの仕事を行っていたようです。(そのスタジオは後にピクサーの一部となったようです。)1990年8月26日カリフォルニア州フォスターシティで他界しているようです。
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絵本 Roger Duvoisin : The Happy Lion’s Rabbits
2021年06月04日
20年間もシリーズの絵本が出版されたのは、本当に人気があったって事なのでしょうね~。
rora74bL
The Happy Lion’s Rabbits : Roger Duvoisin
著者 Leuise Fatio
1974年
26cm×21cm 27p SOLD OUT
ディボアザンさんのごきげんなライオンシリーズから、ウサギを助けるライオンと、
沢山のウサギが動物園の中に増えてしまったお話を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙下部にシールが貼られています。最後の見返しページ剥がし跡あり、書き込みがあり、最初の見返しページにスタンプが押されています。タイトルページと最後のぺージに書き込みがあり、マジック線が引かれています。中のぺージ下部に数ヶ所小さな破れがあり、薄い汚れなどが有ります。図書館が所有していた本です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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rora74bL
The Happy Lion’s Rabbits : Roger Duvoisin
著者 Leuise Fatio
1974年
26cm×21cm 27p SOLD OUT
ディボアザンさんのごきげんなライオンシリーズから、ウサギを助けるライオンと、
沢山のウサギが動物園の中に増えてしまったお話を描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙下部にシールが貼られています。最後の見返しページ剥がし跡あり、書き込みがあり、最初の見返しページにスタンプが押されています。タイトルページと最後のぺージに書き込みがあり、マジック線が引かれています。中のぺージ下部に数ヶ所小さな破れがあり、薄い汚れなどが有ります。図書館が所有していた本です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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絵本 Roger Duvoisin : all aboard !
2021年06月02日
大きなサイズの絵本は、ディボアザンさんの初期作品でも幾つかありますが、広大な野山を走る機関車の絵本ならば、大きなサイズがピッタリなのかも知れませんね~。
roal35b
all aboard ! : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1935年
33cm×25cm 44p ¥12,800 + Tax
ディボアザンさんの初期作品で、山の中から街中までを走り抜ける機関車を描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、表紙、裏表紙にも擦れがあります。最初と最後の見返しページ、綴じ糸近くに破れがあります。中のぺージに薄い耳折れがありますが、比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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roal35b
all aboard ! : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1935年
33cm×25cm 44p ¥12,800 + Tax
ディボアザンさんの初期作品で、山の中から街中までを走り抜ける機関車を描いた作品です。
状態 : カバーなし、4角に擦れがあり、表紙、裏表紙にも擦れがあります。最初と最後の見返しページ、綴じ糸近くに破れがあります。中のぺージに薄い耳折れがありますが、比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
通信販売もお受けします。
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絵本 Robert McCloskey : Yankee Doodle’s Cousins
2021年05月31日
ヨーロッパや東洋に比べると、建国された歴史が浅いアメリカ合衆国ですが、デイビー・クロケットや、ダニエル・ブーンなどアメリカ合衆国開拓の時代のお話が伝記になっているのが興味深いです。
roya41a
Yankee Doodle’s Cousins : Robert McCloskey
著者 Anne Malcolmson
1941年
25cm×19cm 167p ¥12,800 + Tax
ポール・バイヤンなどアメリカの伝記を纏めたものに、マクロスキーさんがイラストを描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙上下に少し欠けている部分があり、色褪せている感じがします。最初と最後の見返しページに薄い染みがありますが、中のページは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。
「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に功績したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
通信販売もお受けします。
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Yankee Doodle’s Cousins : Robert McCloskey
著者 Anne Malcolmson
1941年
25cm×19cm 167p ¥12,800 + Tax
ポール・バイヤンなどアメリカの伝記を纏めたものに、マクロスキーさんがイラストを描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙上下に少し欠けている部分があり、色褪せている感じがします。最初と最後の見返しページに薄い染みがありますが、中のページは比較的良い状態です。
ロバート・マクロスキー
1914年9月19日オハイオのミルトン生まれ。幼少期もそこで育つ。ボストンのヴェスパー・ジョージスクールやニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインなどで学ぶ。子供の頃から機械いじりや楽器の演奏などが得意だった彼は、高校時代には、近くのYMCAで少年たちに、ハーモニカや模型飛行機作りなども教えていたようです。高校卒業後、奨学金を得て、ボストンにのヴェスパー・ジョージスクールで学び、ニューヨークのナショナル・アカデミーで絵画とデザインを3年間学び、夏の間は、アメリカの有名画家ジェリー・ファーンズワーフの下で働いていたようです。ビルに彫刻をしたのが最初の仕事で、 1940年にニューヨークに戻り、彼の最初の絵本「Lentil」を描く、バイキング社の編集者に認められた作品「Lentil」が出版される。そして、ボストンの美術学校で偶然彼が見た「かもの親子の行列の光景」を絵本にしたのが「Make Way for Duckling(かもさんおとおり)」であり、1942年のコルデコット賞を受賞しています。1948年~1949年ローマに渡り、ガラスと大理石のモザイク技術などを学び、1958年には「Time of Wonderすばらしいとき」で2度目のコルデコット賞を受賞しています。メキシコにも何度か旅行し、彼の作品のインスピレーションを得たようです。ルース・ソーヤーの娘であるマーガレット・デュランと結婚し、2人の娘と共に、メイン州とニューヨークで暮らしたようです。2003年6月30日メイン州のディアアイルで他界しています。
「Make Way for Duckling」こそはアメリカ絵本の本当の豊かさを伝えている絵本であり、その時代のアメリカが見事に写し出されている。彼の作品には何かゆったりとした時間が流れているような作品が多く見られるが、彼自信の生活自体や彼の気持ちが絵本に現れているのではないかと思われる。他にも彼は、カトリック図書協会から子供達の本の為に功績したとして、ジャイナ・メダルが授与されています。ボストンにあるパブリック・ガーデンには、「かもさんおとおり」の絵本を記念して作られた。親子の鴨が連なって歩く銅像が飾られています。2003年6月30日メイン州ディアー・アイルで他界しているようです。
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絵本 Robert Lawson : The Story of FERDINAND
2021年05月29日
アメリカでコルデコット賞が設立される少し前の作品ですが、もしも出版時にコルデコット賞があったらな、受賞していた確率が高い作品ではないでしょうか?
↑ イラスト入りのサインが、タイトルページの前のぺージに貼られています。
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The Story of FERDINAND : Robert Lawson
著者 Munro Leaf
1936年(1963年再販)
21cm×18cm 70p ¥12,800 + Tax
マンロ・リーフさんとロバート・ローソンさんの有名作品「はなのすきなうし」、
※タイトルページの前のぺージにマンロ・リーフさんのイラスト入りのサインが貼られています。
状態 : カバー付き、表紙カバー上部に破れがあり、背表紙下部と裏表紙右角に染みがあります。中のぺージに数ページ耳折れがあります。
ロバート・ローソン
1892年10月4日ニューヨーク生まれ。幼少期はニュージャージー州のモントクレアーで育つ。ニューヨーク・ファイン・アーツ&アプライド・アート校で学ぶ。幼少期は、描くことなどを特別に学んだ事はなかったようですが、高校時代から興味を持ち始めたようです。卒業後にラエ・スローン・ブレディン&ハワード・ヒルズで3年間学び、 1914年にグリニッジ・ビレッジのスタジオで、3年間雑誌のイラストやステージセット、広告の仕事を手掛けたようです。1917年にフランスへ行き、軍のカモフラージュ部隊に所属し。戦後は再度イラストと広告の仕事に就いていたようです。1931年に最初の作品「The Wee Men of Ballywiiden」を描き、アメリカン・エッジング協会から表彰される。1936年に出版した「The Story of Ferdinad」を描き絵本画家として認められ、1941年「They Were Strong and Good」で、コルデコット賞を受賞している他、1938年「Four and twenty Blackbirds」コルデコット次点作品 1939年「Wee Gill」コルデコット次点作品 1945年「Rabbit Hill」ニューベリー賞受賞 など有名作品を残しています。1957年3月27日にコネチカット州ウェストポートで他界しています。
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↑ イラスト入りのサインが、タイトルページの前のぺージに貼られています。
repfe36b
The Story of FERDINAND : Robert Lawson
著者 Munro Leaf
1936年(1963年再販)
21cm×18cm 70p ¥12,800 + Tax
マンロ・リーフさんとロバート・ローソンさんの有名作品「はなのすきなうし」、
※タイトルページの前のぺージにマンロ・リーフさんのイラスト入りのサインが貼られています。
状態 : カバー付き、表紙カバー上部に破れがあり、背表紙下部と裏表紙右角に染みがあります。中のぺージに数ページ耳折れがあります。
ロバート・ローソン
1892年10月4日ニューヨーク生まれ。幼少期はニュージャージー州のモントクレアーで育つ。ニューヨーク・ファイン・アーツ&アプライド・アート校で学ぶ。幼少期は、描くことなどを特別に学んだ事はなかったようですが、高校時代から興味を持ち始めたようです。卒業後にラエ・スローン・ブレディン&ハワード・ヒルズで3年間学び、 1914年にグリニッジ・ビレッジのスタジオで、3年間雑誌のイラストやステージセット、広告の仕事を手掛けたようです。1917年にフランスへ行き、軍のカモフラージュ部隊に所属し。戦後は再度イラストと広告の仕事に就いていたようです。1931年に最初の作品「The Wee Men of Ballywiiden」を描き、アメリカン・エッジング協会から表彰される。1936年に出版した「The Story of Ferdinad」を描き絵本画家として認められ、1941年「They Were Strong and Good」で、コルデコット賞を受賞している他、1938年「Four and twenty Blackbirds」コルデコット次点作品 1939年「Wee Gill」コルデコット次点作品 1945年「Rabbit Hill」ニューベリー賞受賞 など有名作品を残しています。1957年3月27日にコネチカット州ウェストポートで他界しています。
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絵本 Rene D’Harnoncourt : The Painted Pig
2021年05月27日
アメリカのイラストレーターの中には、メキシコや中南米の文化を多く描いている人がいますが、中南米の文化がアメリカ合衆国に与えている影響も大きいように感じます。
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The Painted Pig : Rene D’Harnoncourt
著者 Elizabeth Morrow
1930年(2版刷り目)
28cm×21cm 33p ¥12,800 + Tax
ブタの貯金箱と少女を描いたメキシコを舞台にしたお話です。
状態 : カバー付き、カバー角に破れがあり欠けがあり、表紙、裏表紙に破れが有ります。タイトルページの前の白紙ページにメッセージが書かれていますが、中のページは比較的良い状態です。
レネ・ダーノンコート(ダーノンクール)
1901年5月17日オーストリアのウィーン生まれ。幼少期もウィーンで育つ。ギムナジウム、レアルシューレで学び、グランツ大学ウィーン工科学校などで学ぶ。幼少期からヨーロッパを旅行していたようで、伝統的な民族美術に興味を持っていたようです。1924年パリに、1925年(または1926年)にメキシコに移り住む。そして、メキシコの民衆芸術に興味を持ったようです。アメリカ美術連盟が後援したメキシコ展で、アメリカに行き、1933年からアメリカに移り住む。本の解説やラジオ番組の監督なども行っている他、サラローレンス大学で美術講師を務め、アメリカ合衆国内務省のインディアン美術工芸のゼネラルマネージャーや、インディアン美術工芸委員会会長、ニューヨーク近代美術館の館長を務めているようです。娘のアン・ダーノンコートは、フィラデルフィア美術館のディレクターや代表取締役なども務めているようです。1968年8月13日に他界しているようです。
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repio30ra
The Painted Pig : Rene D’Harnoncourt
著者 Elizabeth Morrow
1930年(2版刷り目)
28cm×21cm 33p ¥12,800 + Tax
ブタの貯金箱と少女を描いたメキシコを舞台にしたお話です。
状態 : カバー付き、カバー角に破れがあり欠けがあり、表紙、裏表紙に破れが有ります。タイトルページの前の白紙ページにメッセージが書かれていますが、中のページは比較的良い状態です。
レネ・ダーノンコート(ダーノンクール)
1901年5月17日オーストリアのウィーン生まれ。幼少期もウィーンで育つ。ギムナジウム、レアルシューレで学び、グランツ大学ウィーン工科学校などで学ぶ。幼少期からヨーロッパを旅行していたようで、伝統的な民族美術に興味を持っていたようです。1924年パリに、1925年(または1926年)にメキシコに移り住む。そして、メキシコの民衆芸術に興味を持ったようです。アメリカ美術連盟が後援したメキシコ展で、アメリカに行き、1933年からアメリカに移り住む。本の解説やラジオ番組の監督なども行っている他、サラローレンス大学で美術講師を務め、アメリカ合衆国内務省のインディアン美術工芸のゼネラルマネージャーや、インディアン美術工芸委員会会長、ニューヨーク近代美術館の館長を務めているようです。娘のアン・ダーノンコートは、フィラデルフィア美術館のディレクターや代表取締役なども務めているようです。1968年8月13日に他界しているようです。
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絵本 Roger Duvoisin : Petunia’s Treasure
2021年02月18日
ベロニカやライオン、そしてペチューニア、3作品もロングセラーを描いたイラストレーターは、なかなかいないのでしゃないでしょうか?
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Petunia’s Treasure : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1975年
26cm×21cm 30p SOLD OUT
ディボアザンさんのがちょうのペチューニアシリーズから、
川の底で宝箱を見つけたペチューニアと農場の動物たちを描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバーはラミネートコーティングされています。中のぺージは比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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Petunia’s Treasure : Roger Duvoisin
著者 Roger Duvoisin
1975年
26cm×21cm 30p SOLD OUT
ディボアザンさんのがちょうのペチューニアシリーズから、
川の底で宝箱を見つけたペチューニアと農場の動物たちを描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバーはラミネートコーティングされています。中のぺージは比較的良い状態です。
ロジャー・デュボアザン ( Roger Antoine Duvoisin )
1904年8月28日にスイスのジュネーブで生まれ。幼少期はスイスとフランスで育つ。ジュネーヴのモデルヌ大学や、装飾美術学校、パリ美術学校などで学ぶ。建築家であった父親や芸術家の親戚などの影響を受け、幼少の頃から絵を描き、7歳で音楽を学び始め、後に美術学校に通うようになったようです。幼少の頃から絵が好きで、特に動物を描くのが好きであったようです。音楽を習い始めた彼は、やがて、ジュネーブ音楽院に入学する。しかし、陶芸画家に成る事を望んでいた彼は、装飾美術の学校に入って、壁画と舞台美術を学んだ。学校を卒業すると、ジュネーブ歌劇団の舞台装置の仕事をしたり、壁画、ポスター、イラストレーションを描いたりしていたようです。その後、叔父の紹介で背景画家の仕事をフランスの映画会社で始める予定であったが、パリに着いた彼は3日もしないうちに飽きてしまい、映画会社にはいかずにパリを出てフォルネの陶器工場の支配人になったが、トラブルに巻き込まれた為、リヨンにある織物デザイン工房で、監督として働いた後、パリでアメリカ大手のシルク・カンパニーの社長に認められ、1920年代後半に妻のルイズと共にニューヨークに渡り、織物のデザイナーとして働く事となった。1930年代初期に初めての2人の作品は、自分達の子供の為に書いたものを、そのまま出版社に持ち込んだもので、1933年に出版された[Donkey-Donkey(ロバのロバちゃん)]などは、動物好きな彼の表現がよく出ている作品のように感じます。他にも[The Happy Lion(ごきげんなライオン)]シリーズ、[PETUNIA(がちょうのペチューニア)]シリーズ、[Veronica(かばのベロニカ)]シリーズなどの動物を主人公にした、彼のシリーズ作品は彼の魅力を存分に発揮している。 1948年には[White Snow Bright Snow(白い雪・明るい雪)]でコルデコット賞を受賞し、他にもおおくの作品で賞を受けています。彼が挿絵を描いた本は130冊くらいあり、とても全部を語り尽くす事は出来ないが、アメリカ絵本界に彼の存在が無かったならば、ぽっかりと空洞が出来てしまうのでは?という感じがしてならない。「動物は昔から人間の象徴として使われて来た」、「子供の為の絵本を作るのは、子供と一緒に遊ぶようなものだ」などと、語っている彼からは、絵本に対する気持ちが素直に出ているようである。1980年に他界しています。
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絵本 Richard Floeth : Picture Book of Astronomy
2021年02月14日
物語などの絵本作品を数多く描いている方は、化学絵本的な作品も描いている事が多く、色彩をあまり使わない化学絵本でも、上手に表現出来るのが凄いのでしょうね。
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Picture Book of Astronomy : Richard Floeth
著者 Jerome S. Meyer
1945年(1955年再販)
27cm×20cm 36p SOLD OUT
天文学を描いた化学絵本です。
状態 : カバーなし、ツルツルした外観の図書館仕様の版です。最初と最後の見返しページに剥がし跡などがあり、スタンプが押されています。中のページにスタンプが押されており、染み汚れが有ります。図書館が所有していた本です。
リチャード・フロイス
1901年9月2日ドイツのエッセン生まれ。幼少期はドイツで育つ。ピュルモント・レーアルシュ-レ(商科学校)やギーセンの高等実科学校、ミュンヘンのドルトムント、ワイマールなどで学ぶ。1928年にケルンの美術学校を卒業後し、1950年に家族と共にアメリカのフロリダに移り住み、リングリング美術学校で講師の仕事に就く、著者である妻のルイ-ズと共に17冊の本を出版し、絵本の仕事以外にも、本のカバーや広告やディスプレイデザイン、ポスターなどの仕事も手掛け、商業美術の分野などでも活躍し、作品はメトロポリタン美術館やヒィラデルヒィア美術館、ニューヨーク市立図書館などに収められているようです。1934年と1936年に国際イラストレーション競技で優勝している他、アメリカ・グラフィック・アーツ協会が選ぶ年間50冊の中にも作品が選ばれています。
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rias55rbL
Picture Book of Astronomy : Richard Floeth
著者 Jerome S. Meyer
1945年(1955年再販)
27cm×20cm 36p SOLD OUT
天文学を描いた化学絵本です。
状態 : カバーなし、ツルツルした外観の図書館仕様の版です。最初と最後の見返しページに剥がし跡などがあり、スタンプが押されています。中のページにスタンプが押されており、染み汚れが有ります。図書館が所有していた本です。
リチャード・フロイス
1901年9月2日ドイツのエッセン生まれ。幼少期はドイツで育つ。ピュルモント・レーアルシュ-レ(商科学校)やギーセンの高等実科学校、ミュンヘンのドルトムント、ワイマールなどで学ぶ。1928年にケルンの美術学校を卒業後し、1950年に家族と共にアメリカのフロリダに移り住み、リングリング美術学校で講師の仕事に就く、著者である妻のルイ-ズと共に17冊の本を出版し、絵本の仕事以外にも、本のカバーや広告やディスプレイデザイン、ポスターなどの仕事も手掛け、商業美術の分野などでも活躍し、作品はメトロポリタン美術館やヒィラデルヒィア美術館、ニューヨーク市立図書館などに収められているようです。1934年と1936年に国際イラストレーション競技で優勝している他、アメリカ・グラフィック・アーツ協会が選ぶ年間50冊の中にも作品が選ばれています。
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絵本 Robert Jay Wolff : HELLO YELLOW !
2021年01月07日
プッシュピン・スタジオのシーモア・クワストさんなどもそうですが、1960年代後半のデザインを意識した絵本作品は、独特な色彩が感じられます。
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HELLO YELLOW ! : Robert Jay Wolff
著者 Robert Jay Wolff
1968年
20cm×15cm 28p SOLD OUT
黄色は幸せの色というテーマで、サーカスのテントや花など、様々な物と結び付けて描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙部分にシールが貼られており、最初と最後の見返しページにスタンプが押されており、貸し出し用ポケットが付いています。タイトルページの前のぺージに薄い染みがあり、中のぺージに1箇所耳折れがありますが、他のページは比較的良い状態です。図書館が所有していた本です。
ロバート・ジェイ・ウルフ
1905年7月27日イリノイ州シカゴ生まれ。アート・インステチュート・オブ・シカゴやエール大学、パリのエコール・デ・ボザールなどで学ぶ。アメリカン・アブストラクツ・アーチストに参加し、美術館やギャラリーなどで個展を開いた方のようで、アメリカ芸術家の先駆け的な存在であったようです。彼の作品はブルックリン美術館やグッゲンハイム美術館などが所蔵しているようす。ブルックリン大学で美術科の部長なども務めていたようです。1977年12月29日に他界しているようです。
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roye68aL
HELLO YELLOW ! : Robert Jay Wolff
著者 Robert Jay Wolff
1968年
20cm×15cm 28p SOLD OUT
黄色は幸せの色というテーマで、サーカスのテントや花など、様々な物と結び付けて描いた作品です。
状態 : カバー付き、カバー背表紙部分にシールが貼られており、最初と最後の見返しページにスタンプが押されており、貸し出し用ポケットが付いています。タイトルページの前のぺージに薄い染みがあり、中のぺージに1箇所耳折れがありますが、他のページは比較的良い状態です。図書館が所有していた本です。
ロバート・ジェイ・ウルフ
1905年7月27日イリノイ州シカゴ生まれ。アート・インステチュート・オブ・シカゴやエール大学、パリのエコール・デ・ボザールなどで学ぶ。アメリカン・アブストラクツ・アーチストに参加し、美術館やギャラリーなどで個展を開いた方のようで、アメリカ芸術家の先駆け的な存在であったようです。彼の作品はブルックリン美術館やグッゲンハイム美術館などが所蔵しているようす。ブルックリン大学で美術科の部長なども務めていたようです。1977年12月29日に他界しているようです。
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